乃木坂46
AKB48を中心としてSKE48、NMB48、HKT48、SDN48などから成る、いわゆる「48グループ」との関係は、名称のみならず活動の面でも一線を画し、そのライバルというスタンスで活動していく。
◎「乃木坂46」第1期メンバー「生田絵梨花」
生田絵梨花
第1期メンバーとして乃木坂46に加入
◎生田が電車で聞く「春子の部屋~あまちゃん80’sHITS」
あまちゃん<春子の部屋の赤いラジカセから流れていた数々の名曲たち>というコンセプトのもと、脚本の宮藤官九郎が自ら監修・選曲した懐かしの80年代ヒット曲集
出典:http://www.110107.com/mob/pageShw.php?site=OTONANO&ima=4352&cd=amachan
「春子の部屋~あまちゃん80’s HITS」
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の劇中に登場する80年代のヒット曲を集めたコンピレーションアルバム
◎生田は、ブログで「佐久間正英」氏と親戚であることを明かした
「ビクター編に入ってる『まっ赤な女の子』をアレンジした佐久間正英さん、実は親戚で、お父さんの従兄弟です」と明かした。
出典:http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/09/17/kiji/K20130917006636300.html
「まっ赤な女の子」小泉今日子
小泉今日子が1983年5月にリリースした5枚目のシングル
◎「佐久間正英」氏とは…
佐久間正英
日本のロックの黎明期に四人囃子やPLASTICSのメンバーとして活躍し、その後は音楽プロデューサーとしてBOOWY、ザ・ブルーハーツ、GLAY、JUDY AND MARYなど数多くのバンドやアーティストを手がけ、日本の音楽シーンを牽引してきた。
出典:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140121-00029330-lisn-musi
GLAY
JUDY AND MARY
◎親戚ならではの素敵なエピソードも…
レコード会社に勤務していた祖父が親戚の家に洋楽のレコードを持っていって聞かせてあげた、というエピソードをつづり、「そこの家の子供がそれをくり返し聞いて影響を受けて、後にミュージシャン、そして音楽プロデューサーになって活躍…………その子が、佐久間正英さんでした」
出典:http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/09/17/kiji/K20130917006636300.html
◎偉大な音楽家「佐久間正英」氏に褒めてもらう!!
「乃木坂46」でデビューしたことは父経由で伝えていたそうで、「ある日『君の名は希望』をいい曲だと褒めて下さってすごくうれしかったです!」。
出典:http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/09/17/kiji/K20130917006636300.html
「君の名は希望」乃木坂46
乃木坂46の5枚目のシングル。2013年3月13日にN46Div.から発売された。
◎「いつか何か一緒に出来たらいいな」
抱いていたのは名プロデューサーである佐久間氏と「いつか何か一緒に出来たらいいな」という思い。「まだとてもそういう器ではない でもいつか接点が持てるかもしれない だから少しでも近づけるように自分を磨いていこうと思ってました」と努力を重ねる日々だった。
出典:http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/09/17/kiji/K20130917006636300.html
◎念願のPV初共演!!
佐久間がこれに反応し、「一緒に音楽できるといいな!」と自身のTwitterにて発言、その後、シングル「バレッタ」の付属DVDに収録された個人PVで共演を果たした。
「バレッタ」乃木坂46
生田がピアノ、佐久間さんがベースを弾き、同グループの楽曲「君の名は希望」を2人で演奏している様子が収録されている。
◎さらに佐久間さんの遺作となったアルバムにも参加!!
さらに佐久間さんの遺作となったアルバム「SAKUMA DROPS」(3月5日発売)に収録されている「Last Days」にも参加している。
出典:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140121-00000002-spnannex-ent
物心ついた時から、いつか佐久間さんと音楽ができたらなと願っていて、こうして佐久間さんと共演できたことは奇跡のようでした。
出典:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140121-00000002-spnannex-ent
◎乃木坂46 生田絵梨花 公式ブログより
私が知らせを聞いたのは亡くなった日の朝
悲しくて、思い出すたび涙が止まりません。
もっと一緒に音楽やりたかった
もっとお話したかった
「君の名は希望」で共演したことをうれしく思ってくださっていたこと
TEPPENの「そばかす」を起き上がって見てくださっていたこと
亡くなる日に「Last Days」を聴いて「最高だ」と仰っていたことを
お聞きしました。
本当に残された時間を一緒に過ごすことができて幸せでした。
ずっと生き続ける思い出と作品
佐久間さんが残してくれた宝物を
私は一生大切にしていきます。
あの優しい笑顔と真剣な眼差し
忘れません。
そしてこれから先も、佐久間さんが愛した音楽を
私も一生続けていこうと思います。
佐久間さん、本当にありがとうございました。