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▼1977年3月27日 まさかのジャンボ機同士が激突する前代未聞の航空事故が発生した

死者583人 テネリ…

死者583人 テネリ…

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(テネリフェくうこうジャンボきしょうとつじこ)は、1977年3月27日17時6分(現地時間)、スペイン領カナリア諸島のテネリフェ島にあるテネリフェ空港の滑走路上で2機のボーイング747型機同士が衝突し、乗客乗員のうち合わせて583人が死亡した事故の通称である。

生存者は乗客54人と乗員7人であった。死者数においては史上最悪の航空事故である。

死者数の多さなどから「テネリフェの悲劇、テネリフェの惨事(Tenerife Disaster)」とも呼ばれている。

出典:テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 - Wikipedia

【史上最悪】テネリフ…

【史上最悪】テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故

出典元:YouTube

▼事故の当該機はパンナムとKLMのジャンボ機2機

当該機その1 パンナム ボーイング747(N736PA)

死者583人 テネリ…

パンアメリカン(パンナム)航空1736便はロサンゼルス国際空港を離陸し、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に寄港した。

機体はボーイング747-100、機体記号はN736PA(1969年製造、クリッパー・ヴィクター号と命名されていた)。

出典:テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 - Wikipedia

当該機その2 KLMオランダ航空 ボーイング747(PH-BUF)

死者583人 テネリ…

一方のKLMオランダ航空4805便はオランダの保養客を乗せたチャーター機で、事故の4時間前にアムステルダムのスキポール国際空港を離陸した。

機体はボーイング747-200B、機体記号はPH-BUF(1973年製造、ライン号と命名されていた)。

出典:テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 - Wikipedia

KLMのジャンボ機のすぐ後ろにパンナムのジャンボ まさかこの2機が激突するとは・・・・

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どちらの便も、最終目的地は大西洋のリゾート地であるグラン・カナリア島のグラン・カナリア空港(ラス・パルマス空港)であった。

出典:テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 - Wikipedia

▼事故機のパイロットたち

パンナム ボーイング747の乗員
機長 Victor Grubbs
副操縦士 Robert Bragg
航空機関士 George Warns

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死者583人 テネリ…

KLMオランダ航空 ボーイング747の乗員
機長 Jacob Veldhuyzen van Zanten
副操縦士  Klaas Meurs
航空機関士 Williem Schreuders

死者583人 テネリ…

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死者583人 テネリ…

▼KLM機の機長は同社のチーフパイロットであり、KLM機内誌の広告には彼の写真が掲載されていたほどの人物だった

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KLM機内誌の広告に載るJacob Veldhuyzen van Zanten機長

KLM機の機長はKLMでも最上級の操縦士で、747操縦のチーフトレーナーでもあり、KLMに所属するほとんどの747機長/副操縦士は彼から訓練を受けており、事故当日のKLM機内誌の広告には彼の写真が掲載されていたほどの人物であった。

出典:テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 - Wikipedia

▼KLM機の機長の経歴はDC3からスタートしてCV240、DC6、バイカウント、DC-9などを経てボーイング747のチーフパイロットに至る

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