NAVERまとめ 魚拓
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(2020年8月2日 魚拓取得)
https://matome.naver.jp:443/odai/2150173539797654501 - 2020年8月2日 11:14 - ウェブ魚拓
2011年3月11日。東日本大震災の津波により、多くの人が犠牲となった。
「相馬野馬追」で使用される甲冑や馬具なども流され、東京電力福島第1原発事故では、原発から20キロ圏内にある南相馬市小高区と双葉郡の全域に避難指示が出された。
それでも、この年の「相馬野馬追」は、神旗争奪戦や甲冑競馬を中止するなど、現状を考慮した形で規模を縮小し、開催。
「相馬野馬追」は、これまで、その歴史を一度も途絶えさせることなく続いている。
今年(2017年)の「相馬野馬追」では、昨年7月12日に南相馬市小高区が原発事故による避難指示が一部を除き解除となり、住民の帰還が進み、住民らなどから再開を望む声が上がっていたことなどから、小高区内での騎馬による出陣や区内での「宵乗りの行列」、古里に凱旋する「帰り馬」が7年ぶりに復活となった。いまだ東日本大震災、原発事故の影響を受けてはいる「相馬野馬追」ではあるが、いずれ、嘗ての姿を完全に取り戻す日が来ることだろう。
福島県浜通り地方に続く伝統の歴史絵巻「相馬野馬追」に今年、3世代そろって出陣する家族がいる。南相馬市原町区の会社員今田淳史さんと父親の賢一さん、祖父の為夫さんで、3頭の馬も自前で飼っている野馬追一家。淳史さんらは乗馬の練習に連日精を出し、29日からの本番に備えている。今田さん一家と野馬追との付き合いは深い。為夫さんは所属する「中ノ郷」の元侍大将、賢一さんは祭りのメインイベント「神旗争奪戦」の名手とたたえられたほどだった。淳史さんも小さい頃から馬に親しみ、中学1年生で甲冑競馬に初出場して1着になった。神旗はまだ獲得していないが、「父に早く追い付きたい」と今年に懸ける。 2017年7月9日
29日から始まる相馬野馬追を前に、大熊町と同町騎馬会は12日、会津若松市の会津若松ワシントンホテルで出陣式を行い、武者の無事を願った。約50人が出席。今年は同騎馬会から副執行委員長の武内敏英さんら6騎が出陣する。式では、同騎馬会長の渡辺利綱町長が「伝統を絶やさず継承しているのは古里への熱い熱意のたまもの。町民を勇気づけて無事に凱旋してほしい」とあいさつ。鈴木光一町議会議長、井戸川洋一町行政区長会長が祝辞を述べた。相馬流れ山を斉唱し、町流山保存会が「相馬流れ山踊り」を披露した。最後に出場者を代表し、武内さんが決意を述べた。 2017年7月17日
国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」のPRイベント相馬野馬追甲冑キャラバンは22日、仙台駅で開かれた。JR東日本水戸支社の主催、県相双地方振興局の協力。4月に常磐線の仙台-浪江駅間が再開通したため、県外からの観光誘客による復興推進を図るのが目的。仙台駅では初めての実施となった。コンコースで鈴木浩原ノ町駅長とキャラバン隊が観光パンフレットを配布した。甲冑を展示し、野馬追に初参加する少女を描いたドキュメンタリー動画「サムライガール」を上映した。家族連れらが訪れ、甲冑の試着体験を写真に収めるなどしていた。野馬追は29日から31日まで開催される。 2017/7/23
福島県相馬地方の伝統行事「相馬野馬追」(29~31日)に向け、南相馬市小高区から出馬する騎馬武者の士気が高まっている。東京電力福島第1原発事故で中断していた地区内での行列が、7年ぶりに再開されるためだ。関係者は「地域再生をアピールしたい」と意気込む。野馬追は、相馬地方の3神社から各地の騎馬武者が出発するのが習わし。小高区でも出陣と帰還の際に中心部を一巡していたが、原発事故で全域が避難区域になったため実施が見送られてきた。 2017年7月26日
相双地方の国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」は29日、開幕する。今年は、震災と原発事故の影響で中止を余儀なくされていた南相馬市小高区での騎馬武者行列が7年ぶりに再開する。小高郷騎馬会の関係者からは「小高に野馬追が帰ってくる」と再開を喜ぶ声が聞こえる。初日の29日は五郷の出陣、同市原町区の雲雀ケ原祭場地で宵乗り競馬、30日は同祭場地で本祭りの神旗争奪戦、甲冑競馬、最終日の31日は同市小高区の相馬小高神社で野馬懸が行われる。騎馬武者を務める五郷騎馬会で最も多い195騎が出陣する中ノ郷騎馬会は27日、南相馬市原町区で出陣式を行い、本番での武勲を誓った。 2017年7月28日
7月28日(金) 「相馬野馬追」開催前日
相馬市の「相馬中村神社」で行われる「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」を観るために、「相馬野馬追」開催前日に福島入り。JR常磐線「竜田駅」からJR代行バスで「原ノ町駅」まで、そして列車に乗り換えて、「相馬駅」を目指します。
「相馬野馬追」ポスターを貼った、JR常磐線「原ノ町駅」到着の列車。このまま折り返して「仙台駅」まで、「相馬野馬追」開催を皆の衆に告げに行くのでござる #福島 https://t.co/d9pGu7FmgM
南相馬市JR常磐線「原ノ町駅」
福島県相馬市
JR常磐線「相馬駅」
相馬市中村「相馬ヤマブン山形屋」さんで、甘酒ゲッツ!ヤマブン姉妹さんがいらっしゃったので、ブログ見てますよっつったらビックリした後で、ちょっち照れちゃってましたー。また読ませてもらうんで、ブログ更新よろしくお願いしまーす。 #福島 https://t.co/nKL5sWPqE1
福島県相馬市の味噌醤油醸造「相馬ヤマブン山形屋」のブログです。
2017-07-29「相馬野馬追」では、「相馬ヤマブン山形屋」店舗前を騎馬武者ら行進する出陣式の様子が紹介されています。
相馬中村神社
現在、本殿は工事中
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 総大将、相馬行胤公御到着
出典元:YouTube
2017年7月28日 「相馬野馬追」 相馬中村神社「出陣安全祈願祭」
出典元:YouTube
現在は「相馬中村神社」本殿が工事中のため、「出陣安全祈願」は階段下にて執り行われた。
総大将・相馬行胤公
総大将・相馬行胤公
砲術奉納演武
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 砲術奉納演武
出典元:YouTube
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 砲術奉納演武
出典元:YouTube
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 砲術奉納演武
出典元:YouTube
砲術奉納演武「大筒」
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 砲術奉納演武「大筒」
出典元:YouTube
「相馬野馬追出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」で披露された砲術奉納演武。その最後がこの「大筒」。弾は2000メートルの距離まで届く。
総大将・相馬行胤公
相馬流山奉納舞
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 相馬流山奉納舞
出典元:YouTube
相馬高校 相馬太鼓部による「奉納太鼓」
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 奉納太鼓
出典元:YouTube
2017年7月28日 相馬野馬追「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 奉納太鼓
出典元:YouTube
総大将・相馬行胤公
吹き鳴らされる法螺貝
「出陣安全祈願祭・総大将出陣の祝いの宴」 の終了を告げる
福島県南相馬市原町区
JR常磐線「原ノ町駅」
南相馬市図書館の「鎧」
館内に展示
皆川博子著「相馬野馬追い殺人事件」
南相馬市図書館所蔵
昨年同様、「相馬野馬追」開催時に紹介展示されている
7月29日(土) 「相馬野馬追」開催1日目 出陣・宵乗り
福島県南相馬市小高区
東日本大震災・東京電力福島第一原発事故後、南相馬市小高区内で中止となっていた騎馬による出陣や「宵乗りの行列」、古里に凱旋する「帰り馬」が今回、7年ぶりに復活することになった。
JR常磐線「小高駅」
「小高駅」前
相馬小高神社
2017年7月29日 「相馬野馬追」 出陣式のため、南相馬市小高区「相馬小高神社」に 向かう騎馬武者
出典元:YouTube
「相馬小高神社」に向かう騎馬武者
相馬小高神社
2017年7月29日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「相馬小高神社」に続々到着する騎馬武者ら
出典元:YouTube
原発事故の影響によりこれまで中止となっていた騎馬による出陣が今年、7年ぶりに復活した。今回、小高郷から出陣する騎馬は65騎。
出陣式
2017年7月29日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「相馬小高神社」出陣式の様子。ほぼ報道陣。
出典元:YouTube
2017年7月29日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「相馬小高神社」 出陣
出典元:YouTube
「相馬小高神社」より騎馬武者の出陣。名前を呼ばれた者から順番に出陣を開始。原発事故の影響によりこれまで中止となっていた騎馬による出陣が今年、7年ぶりに復活した。今回、小高郷から出陣する騎馬は65騎。
2017年7月29日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「相馬小高神社」 騎馬武者ら出陣
出典元:YouTube
小高区内を行進する騎馬武者
2017年7月29日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「宵乗り行列」
出典元:YouTube
原発事故の影響により7年ぶりに復活した、南相馬市小高区内での騎馬での行進。これまでは取り止めていた。映像後半は、荒ぶる馬を諌める姫武者。
2017年7月29日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「宵乗り行列」 JR常磐線「小高駅」前
出典元:YouTube
福島県南相馬市原町区
相馬野馬追応援「第六回 武者絵展」
「野馬追通り 銘醸館」にて開催
100人の漫画家・イラストレーター・アニメーターによる「武者絵」作品の展示。毎回素晴らしいイラストがたくさん。10回開催までは頑張っていきたいとのお話でした。
街中の騎馬武者
「相馬野馬追」時には交通の優先は騎馬武者
雲雀ヶ原祭場地
各郷を出発した騎馬武者らは、ここ「雲雀ヶ原祭場地」で「宵乗り競馬」が行われる
「相馬中村神社」神輿
「相馬野馬追」1日目夜に原町区で毎年開催されている「夏まつり」。今年は雨で盆踊りや神輿などが中止になってしまったが、出店などが並ぶ賑やかな会場に、各神社の神輿が置かれていた。
「相馬小高神社」神輿
「相馬太田神社」神輿
福島県の伝統行事で、戦国絵巻さながらに甲冑姿の騎馬武者たちが疾走する「相馬野馬追」が29日、始まった。開催は31日までで、東京電力福島第1原発事故による避難指示が昨年7月、大部分で解除された南相馬市小高区では、騎馬武者行列が7年ぶりに再開した。同区の相馬小高神社では出陣式後、ほら貝の音とともに騎馬武者たちが行進を始めた。東日本大震災の前まで同県浪江町に住んでいた阿部貫司さんは「震災前と比べると顔見知りは少なくなったが、再開した行列を見に来られてよかった」と話した。 2017.7.29
7月30日(日) 「相馬野馬追」開催2日目 「本祭り」お行列・甲冑競馬・神旗争奪戦
福島県南相馬市原町区
JR常磐線「原ノ町駅」
本日行われる予定だった小高区の「火の祭」は雨のため延期。
昨日の段階で、今日の中止は決まっていたとのこと。
本日の「火の祭」は8月19日(土)に順延します。なお、「打上げ花火」についても同日に順延します。
総大将本陣
総大将がおられる本陣
騎馬武者らはこの前を通る際、必ず許しを請うてから、雲雀ヶ原祭場地までの約3キロの道のりを行進して行く
お行列
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」 先頭
出典元:YouTube
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」
出典元:YouTube
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」
出典元:YouTube
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」中ノ郷郷大将・野馬追功労者
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足踏みする馬に続き、中ノ郷(南相馬市)郷大将、そして、野馬追出場が30回以上で軍勢以上の役所を15回以上または螺役を25回以上務めた「野馬追功労者」の行進と続く。今年、中ノ郷からは14名の野馬追功労者が出陣し、その中には、満85歳の本年度最高齢出馬騎馬武者(65回出場)もいる。
総大将・相馬行胤公
総大将・相馬行胤公
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」大きな声援を受け、 総大将・相馬行胤公行進
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2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」 総大将・相馬行胤公行進
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2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」 総大将・相馬行胤公行進
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総大将・相馬行胤公
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「お行列」 総大将・相馬行胤公
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雲雀ヶ原祭場地
相馬流山踊り伝承公開
甲冑競馬パドック
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「雲雀ヶ原祭場地」 甲冑競馬パドック
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後方に、甲冑競馬の騎馬武者が駆ける
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「雲雀ヶ原祭場地」 甲冑競馬パドック
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甲冑競馬
甲冑競馬を終えた騎馬武者たち
甲冑競馬で勝利した騎馬武者ら
総大将の元へと、本陣山山頂に一気に駆け上がって来る
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市原町区「雲雀ヶ原祭場地」 本陣山山頂の騎馬武者たち
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神旗争奪戦
福島県南相馬市小高区
帰り馬行列
本祭りを終え、帰還した騎馬武者らが小高区内を行進する「帰り馬」
原発事故の影響により取り止めていたが、7年ぶりに復活した
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「帰り馬」 先頭
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小高郷郷大将
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「帰り馬」 伝令
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2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「帰り馬」 口上
出典元:YouTube
「 震災後、初の帰り馬。小高は気合い入れて行け!」との口上
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「帰り馬」 小高郷郷大将行進
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原発事故の影響により取り止めていたが、7年ぶりに復活した「帰り馬」。沿道に集まった皆さんに、感謝の言葉を述べながらの小高郷郷大将行進。
小高郷郷大将
2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「帰り馬」 荒ぶる馬
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2017年7月30日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「帰り馬」 勢いよく駆けて来るしんがり勢
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「帰り馬」最後尾
口上が述べられ、本日の「帰り馬」は終了となった
南相馬市小高区で、ずっと以前に「郷大将」を務めてた方に伺ったお話。
「郷大将」の役割は大変で、「郷大将」自身はもちろん、その家族にとっても年中を通して随分と負担になったのだと。しかし、そうした日々の暮らしの営みと直結した中で継承されて来たこの「相馬野馬追」は、単なる祭とは異なるものだと感じられた。
相当以前は、沿道の家屋2階から「相馬野馬追」の行列を見下ろしていた人物が居た場合、その前を大将がそのまま通過する事などあり得なかった。隊列は行進を止め、その人物は武者らに引きずり出されたという。もっと遡れば、その場で手打ちにされても仕方のない状況というものなのだろうが、現在では知らずに隊列を横切るものなどに対して叱責の声をあげはするものの、そこまでの厳しさは、観客はもちろん、主催者側も求めてはいないことだろう。
小高郷ではかつて、イギリス人が騎馬武者として隊列に加わった事があったという。小高の高名な家柄の娘の夫として迎え入れられた彼が、その家族が継ぐ小高郷の武者としての役割も果たしたのだった。これは例外ではあったろうが、「相馬野馬追」が全くのこの地だけの閉鎖された文化であったというならば、こうしたことはあり得なかっただろう。
南相馬市小高区にはかつて、「相馬野馬追」時に着用する陣羽織などを作り、修繕を行っていた店舗もあった。その仕上がり具合が気に入り、一度に数着も注文をしていた客も居たとのこと。
南相馬市小高区にはかつて、「相馬野馬追」時に着用する陣羽織などを作り、修繕を行っていた店舗もあった。その仕上がり具合が気に入り、一度に数着も注文をしていた客も居たとのこと。
南相馬市小高区の相馬野馬追の沿道の飾りつけは少ない。帰還住民の数もまだ少ない事から手を借りてようやく飾りつけをしたのだと。以前はこっちにも飾りつけをしたものだと、話を聞かせて頂いた高齢の一人暮らしをしている女性が指先を振ってみせた。周囲には家屋を解体し更地にしたばかりの土地も点在する。
「帰り馬」が終わり皆が帰途に着く。周囲には途端に静けさが広がる。
笑顔の小高郷郷大将
JR「小高駅」待合室の「野馬追」顔出しパネル
神奈川県の城北工業高校デザイン科1年の4人が、今年4月に小高区の小中高校が授業を再開し、避難先から電車通学をする生徒たちの為にと制作した。生徒らを指導した同校非常勤講師が自ら3月18日に小高駅構内に設置した。
城北工業高校デザイン科1年生の4人が、福島県南相馬市小高区のJR小高駅構内に設置する顔出しパネルを製作した。同校非常勤講師で、震災後5年にわたり被災地を訪れている北村千波さんの呼びかけによるもの。宮内萌瑛さん、長島菜津さん、手塚彩花さん、村山ひかるさんが手がけたのは、高さ約1m60cmのパネル。昨年7月、東日本大震災による原発事故からの避難指示が解除された同区では、この4月から小・中・高校が授業を再開。避難先から電車で通学する生徒の駅利用が見込まれる。それを知った北村さんが小高駅を管轄する隣の原ノ町駅に相談したところ、パネル設置に快諾を得て製作に至った。 2017年3月25日号
国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追」の本祭りは30日、南相馬市原町区の雲雀ケ原祭場地で行われ、約440騎の"相馬もののふ"が勇壮な甲冑競馬と神旗争奪戦を繰り広げた。祭場地には約3万8000人が詰め掛けた。南相馬市の市街地に集結した騎馬武者は本陣のある祭場地に向けて進軍。甲冑競馬では、背中に挿した色とりどりの旗をなびかせた騎馬武者が人馬一体となり1周約1000メートルのコースを疾走した。神旗争奪戦では、約250騎の騎馬武者が、花火とともに打ち上げられ、上空から落下する御神旗を目指し殺到。会場狭しと入り乱れる騎馬武者の姿に、観光客から歓声が上がった。 2017年07月31日
7月31日(月) 「相馬野馬追」開催3日目(最終日) 「野馬懸」
福島県南相馬市小高区
相馬小高神社
総大将・相馬行胤公御到着
修祓式
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」修祓式での総大将・相馬行胤公
出典元:YouTube
総大将・相馬行胤公
軍師
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 裸馬の追込みに向かう騎馬武者
出典元:YouTube
「相馬野馬追」3日目、南相馬市小高区「相馬小高神社」で行なわれる「野馬懸」は、昔の名残をとどめている唯一の神事。騎馬武者らによって裸馬が相馬小高神社境内に追込まれ、その後、御小人らによって、素手で捕らえられて行く。
相馬流山踊り奉納
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 相馬流山奉納舞
出典元:YouTube
「相馬野馬追」3日目、「相馬小高神社」境内に誘導された裸馬を御小人らが素手で捕らえる「野馬懸」が行われる。これは、昔の名残をとどめている唯一の神事。「野馬懸」に先駆けて、相馬流山奉納舞が行われた。
御小人らの清めの儀式
祭場地おはらい
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 相馬小高神社境内に追込まれた1頭目の裸馬
出典元:YouTube
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 相馬小高神社境内に追込まれた2頭目の裸馬
出典元:YouTube
姫武者
小高神社境内に追込まれた裸馬
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 相馬小高神社境内に追込まれた3頭目の裸馬
出典元:YouTube
小高神社境内に追込まれた裸馬
「駒とり竿」での印付け
御神水に浸した「駒とり竿」で印をつけられた裸馬を御小人が捕らえる。1番最初に捕らえた裸馬が神馬として奉納される。
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」
出典元:YouTube
野馬懸
神馬となる1頭目を捕らえる
縄が繋がれる捕らえられた裸馬
境内の裸馬2頭
縄が繋がれる捕らえられた裸馬
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 捕らえられた裸馬
出典元:YouTube
御小人によって捕らえられ1頭目の裸馬。この後、神前に奉納される。
神前で奉納されている裸馬
奉納後の馬
祭場地に繋がれる
2頭目の「駒とり竿」での印付け
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 倒れた御小人が神水により華麗に復活
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御小人が倒れ、神水をかけられ途端に復活。野馬懸の文献に「失神する者もあるが、神水を顔にかけるとたちまち蘇生する」とあるとのこと。
野馬懸2頭目
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 捕らえた裸馬に縄を繋ぐ
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捕らえられた2頭の裸馬
3頭目の「駒とり竿」での印付け
野馬懸3頭目
捕らえられた3頭目の裸馬
おせり
野馬懸後のおせりの儀
かつては神馬として奉納される馬以外はせりに出し、それを藩の財政収入としていた
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」後のお競りの儀
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おせりが終了し、各馬が連れていかれる
2017年7月31日 「相馬野馬追」 南相馬市小高区「野馬懸」 全ての神事が終了し、吹き鳴らされる法螺貝の音
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全ての神事が終了し、最後に法螺貝の音が吹き鳴らされた。
以前はこの後に、地区としての行事として「神旗争奪戦」が執り行われていたが、現在は、原発事故の影響により中止となっている。
「野馬懸」終了後の小高神社境内
JR常磐線「小高駅」方面
福島県南相馬市原町区
JR常磐線「原ノ町駅」
宴の後の「雲雀ヶ原祭場地」
南相馬市博物館
7月1日から8月20日まで、特別展「武士(もののふ)の備え」開催中
地元初公開であるメイン資料「野馬追備列絵巻」は、当社は2011年7月に開催予定だったが、東日本大震災・原発事故により公開は実現しなかった
博物館前のキビタン
キビタンは福島県の鳥であるキビタキをモチーフとしたマスコットキャラクター
博物館内の野馬追模型
江戸時代の野馬追は、「雲雀ヶ原祭場地」の100倍以上もの広さを有し執り行われていた。現在のJR「原ノ町駅」東側の地域から「雲雀ヶ原祭場地」西南地域にも及ぶ広大な土地を多数の人馬が駆け巡っていたという。当時の野馬追を観覧する人物らが描かれた絵や、これを訪れたいと思い続けていると記された文章も残されている。
希望の灯り
東日本大震災、原発事故からの復興を成し遂げる、南相馬市民の「希望の光」になるようにとの思いから、国内外からの寄付などにもより、2012年3月建立された。1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災後に建立された「1.17 希望の灯り」から分灯された。
西内染工場
騎馬武者が背負う旗指物を制作している
国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」の開催まで2カ月を切った30日、南相馬市の水無川で騎馬武者が背負う旗指物の水洗い「友禅流し」が行われた。市内原町区にある西内染物店の2代目西内清実さん、3代目の故清祐さんの妻実恵さんが作業をした。染め上げた絹羽二重の旗指物6枚を川にさらし、もち米で作ったのりを洗い落とすと青や紺、黒色の文様が現れた。天日干しなどで乾燥させ、1~2週間程度で完成させる。今年は30枚ほどの注文があったという。2人は「住民の帰還で少しずつ本来の姿に戻りつつある。旗指物が風になびく姿を早く見たい」と話している。 2017/05/31
武勲などをあげた際に、殿より受け賜った型が、相馬野馬追の旗指物には描かれている。その為、武勲が多ければ型が複数となる家もある。分家などは同型であるが色を変えたり、右下角に斜線を入れたりして区別している。ユニークな型なども多いが、それらはその当時の殿の好みによるものであったのだろう。
「西内染物店」は、相馬野馬追の新規旗指物の注文を受ける。旗指物は毎年新調するものではなく、数十年をかけ漸く全野馬追参加者の旗指物の染めが一巡するという。旗型は相馬野馬追だけで2500以上。同店主人はその殆どを記憶。 凄いと声をあげると、事もなげに「長年続けてるからね」と。
福島県相双地方一帯で繰り広げられる豪華絢爛「相馬野馬追」は、単なる祭とは異なろう。用いられる馬の飼育等も考え合わせれば、その準備に年中を費やすと言っても過言ではない。費用だけでも相当で、郷大将ともなると配下の者らへの配慮にも一苦労。地元の方によれば、参加するのは「野馬追馬鹿」だけだそう。
しかし、だからこそ東日本大震災・原発事故が発生した2011年、多大な危機に直面して尚、準備期間4カ月で、この伝統ある「相馬野馬追」を何とか開催させたいのだと多くの人が考えたのは無理からぬ事であっただろう。そして、大幅に規模を縮小させながらも祭は開催。「野馬追馬鹿」達の尽力によって。
JR常磐線「原ノ町駅」方面
南相馬市図書館の「相馬野馬追」パネル
JR常磐線「原ノ町駅」
今年も、勇壮な「相馬野馬追」を観ることが出来て本当によかった。思いがけず貴重なお話を聞かせてもらうことが出来たりと、毎回、素敵な人柄に触れ合える南相馬。是非、震災前の「相馬野馬追」の姿を取り戻すべく、尽力願いたいと思います。
また来るぜ南相馬!あばよ!
「原ノ町駅」内の陣屋
甲冑の試着体験が無料で出来ます
JR常磐線の原ノ町駅舎では2016年12月10日(土)に常磐線相馬~浜吉田間の運転再開に合わせて甲冑を試着して、相馬野馬追の写真をバックに記念撮影ができる「原ノ町駅陣屋」が新設されました。気軽に甲冑の試着体験ができる「原ノ町駅陣屋」 試着は個室で行い、野馬追の写真を背景に記念撮影もできます。
相馬野馬追は最終日の31日、南相馬市小高区の相馬小高神社で野馬懸が行われた。住民や観光客ら約1900人が長い伝統を誇る神事を見守った。野馬懸は、騎馬武者が境内に追い込んだ裸馬を白装束の御小人が素手で捕まえ、神社に奉納する。御小人役の男衆が逃げ回る3頭につかみかかると、観客から大きな歓声が上がった。小高区は東京電力福島第1原発事故で避難区域となり、昨年7月に一部を除いて避難指示が解除された。今年は出陣、帰還時の武者行列が7年ぶりに復活し、野馬懸を含む地元の主要行事が全て執り行われた。 2017年8月1日